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開催趣旨  1   2  3  4   | 展覧会

人の定めは時間軸に沿って生から死までこの世にある、いわば直線的にながれる時間軸からのがれることの出来ない存在です。他方書きつぶされた紙は水につけて砕かれてまた紙として蘇り、生活に還流されます。藤原多美子の意図したところは、亡き人の文字に託して残された思いを循環的な紙の時間軸に移し変え、実体を持たせることだったのです。中国では再生紙を還魂紙とも呼ぶといわれています。この呼び方にはたいして深い意味はないという説はありますが、日本の史実や現存する遺物はその名称にふさわしい意味を具現しているように思えてなりません。

平安末期の12世紀になると貴族の統治が緩み始め、富と武力を蓄えた武士が、京都を制圧しようと次々と都に攻めのぼり、動乱の時代は17世紀までつづきました。新興勢力である武士階級は、圧倒的な力を誇示するように豪華絢爛とした桃山文化を大胆に開花させました。他方、源氏物語に象徴される雅な貴族文化は、能に最も顕著にみられる幽玄、茶道において利休の侘び、さびの美学へと展開し、より一層静謐で洗練し尽されました。この対極的な二つの文化トレンドは、緊張関係をはらみながら相関的に展開し、日本文化の根幹として今日まで受け継がれているように思われます。桃山文化の複雑豪奢に対し、簡素清淡の美、人為的で贅を尽くした装飾過剰の極みに対して正常で自然な美、官能的で享楽的なものに対して精神的、霊的で静謐にして深遠なるもの、斬新な異国趣味の唐様に対して雅なるものの栄枯盛衰を潜り抜けた和様、現世享楽的大判振る舞いと禅の思想に基盤をおくストイックなミニマリズム。覇権の交代が起こった11-16世紀の戦乱の時代は陰と陽のように2つの相反した文化トレンドを共に極めた文化繁栄の時代でもあったのです。