yugen project

開催趣旨   1  2  3  4   | 展覧会

和紙は世界の手漉き紙のなかで最も優れているとたびたび海外の文化人に評価されてきました。中国伝来の紙づくりの技法は山紫水明のわが国の風土に適していました。古人たちは“木と紙の文化”とよばれる豊かなライフスタイルをつくり上げ、永らく豊かな紙のある暮らしを享受してきました。原材料である楮、三椏、ガンピなどは若枝だけを毎年刈り取って原木はそのままに温存しますので、原料が枯渇することはありません。また火力と水力の他はすべて手作業で、薬品を一切いっさい使わずに生産され、環境を汚染することもありませんでした。紙は裏表両面を使い、不要になればふすまや屏風の下貼りや、包装紙として再利用されました。破れや汚れで再利用できないものは回収されて、紙に再生されました。自然に負荷をかけず持続可能な紙のある豊かな暮らしを享受したこのライフスタイルは、先人たちの叡智の賜物であり、ECOライフの理想的なモデルとみなすことが出来ます。

紙の再生がいつごろ始まったかは定かではありませんが、再生紙に関して最も古い記述は901年に発行された日本三代実録にあります。それによれば、清和天皇にご寵愛を受けた女御の藤原多美子が、天皇の亡き後大切に保存してきた天皇からの和歌を綴った手紙を再生し、写経して供養したと書かれています。命のはかなさを人の世の定めと受け止めて、その悲しみを見事に昇華させたこの行為には、時代を越えてしみじみとした深い感動を覚えます。

墨はいったん乾くと水につけても色落ちせずにそのまま残り、文字として記録された情報は解体されてその機能を失い、再生紙はほのかな墨色になります。中世の天皇や上皇の詔は好んで再生紙にしたためられ、今でもそれらは博物館に保存されています。古人たちは漉きたての清らかな無垢の白さにたいして、再生紙に残された濃淡のことなる灰色を積極的に美しいと評価したのです。このことは後に利休によって大成される侘び・さびの美学と同根の心情であり、平安文化の含蓄の豊かさであると思われます。